「それから」_Posted at 03:40

新潮文庫

不倫:人倫にはずれること。
   人道にそむくこと。「-の愛」(広辞苑


一応
夏目作品の中では
不倫・姦通
(しかも新聞で初めて
連載された:柄谷説)小説
ということになっているが、
一読した限りそんな印象を受けない。

結局、
代助の「人妻略奪」宣言による
混乱と数度の密会があったくらいで
実際に「行為」があった訳ではないから
「不倫以前」の話であると思う。
「それから」もう1歩踏み出せば話は別だが。




読んでいて興味が湧いたのが
今も昔も変わらぬ
結婚というイベントの持つ重さである。
籍に入ることは
独身から次のライフステージへ
移行するのみに限らず、
残念ながら
今でも
成人として
一人前に見られるために
そして世間体のために
「必要とされ」る。
悲しいかな、
旧態依然と嘆いても
未だにその傾向は顕著だ。

30にもなって定職に就かない
「それから」本編を通して
ニート代助に要求されていたことも
結婚に他ならないが、
気の進まぬそれへの不安・嫌悪が
心理的によく描写されている。
例えば、
(p189)
代助は寢ながら…進まぬものを貰いましょうと云うのは
今代人として馬鹿気ている。
(p179 見合いを強いられて)
「それで、…代助はないと答えざるを得なかった…
又好いと答えない訳に行かなかった。

また、
当時はお見合い結婚が主流であるからゆえに
当然以下に提示するような問題に
ついてもよく表現されている。

(p230)
梅子
「奥さんと云うものは始めから気に入らないものと、
諦めて貰うより外に仕方がないじゃありませんか。
だから私達が一番好いと思うのを、黙って貰えば、
そこで何所も彼処も丸く治っちまう…」
つまりは恋愛感情は
後から結果としてくっついてくれば
もうけものなのであり、
結婚の決め手にはあまりならないという問題。


善悪はともかく
不倫も
無職で独身も「社会的な罪」とされる
「個人の自由と情実を
毫も斟酌してくれない器械の様な社会」(p241)
が今も変わってないところに見るにつけ、
夏目の「眼」の良さに敬服する。